感想:さよならインターネット まもなく消えるその「輪郭」について

家入一真氏の新著「さよならインターネット」の感想です。

インターネットへの限界


毎日誰かしらが不用意な発言で炎上しているTwitter。特に仲良くもない知り合いのクソどうでもいい写真(大抵は飲み会)がひたすら流れてくるFacebook。スマホの画面に釘付けになりながら人混みを歩く、注意力の欠片もない人間達。

SNSの台頭やスマホの普及に伴いインターネットが一般化した世の中で、僕はどうしようもない息苦しさを感じ続けていました。

インターネットの思い出


かつて、匿名によるつながりが主流だったインターネット。

僕がインターネットを使い始めたのは、2002年の夏頃でした。当時の僕は、両親から訳もわからず中学受験の勉強を強いられ、毎日ストレスが溜まりに溜まっていたことを覚えています。

そんな僕にとって、普段の生活では一切の関わりを持たないネット上の人々との交流は、僕にとって日常生活からの解放であり、人生最大の楽しみでした。また、人見知りの僕にとってインターネットは、自分のことを誰かに知ってもらう上で最適のツールでもあったのです。

それからというもの、僕はインターネットの虜になり、中学生になった頃には毎日寝る間を惜しんで画面と向き合うようになっていました。

掲示板へ書き込んだり、ホームページを作ったり、ブログを書いたりと、夢中で自己を発信しながら、画面の向こう側の人々と交流していたものです。男子校の”下ネタ正義思想”にひどく染まっていた僕は、強い反応を求めるばかりに、時には自分の乳首の画像を晒した事さえありました。今考えると本当に死にたくなりますね。

インターネットが憎い


ところが、次第に僕は、インターネットにおける積極的な発信をしなくなってしまいます。それどころか、気付けば自分の中には、ある一つのドス黒い感情が渦巻いていたのでした。

インターネットが憎い。

その根底にあったのは、SNSやスマホの普及によってインターネットが一般化して利用者が増えた結果、現実との境界線が薄れてしまったことへの絶望でした。炎上への恐れ、蔓延する自己顕示への怒り……そういった感情が、僕にインターネットにおける表現行為を躊躇わせていたのです。

iPhone片手に、慣れ親しんだ人々だけをフォローしたTwitterアカウントで、無意味な単語をつぶやき続ける日々。けれど、やっぱり自分の中には「インターネットで発信したい」という気持ちが燻り続けていました。

こんなの全然リアルなインターネットじゃない。俺は、俺はもっとあの頃みたいに、本気でインターネットをしたいんだ……。

そんな気持ちを抱えていた中で目にしたのが、起業家・家入一真氏が新しく出す書籍のタイトルだったのです。

さよならインターネット まもなく消えるその「輪郭」について

全力で一億回頷き、発売してすぐに買いました。この本を読めば、インターネットをやり直すヒントが掴めるかもしれない、と期待して。

インターネットと僕の今後


現実との境界が曖昧になり、輪郭を失ったインターネット。本著で家入さんは、かつてのインターネットを振り返ると共に、これからのインターネットとどう関わっていくべきかを論じています。

居心地のよさを追求した結果、インターネットは内側に閉ざされ、偶然性を失ってしまった。だからこそ、あえて外の世界に飛び出すべきだと、家入さんは言います。確かに僕自身、この数年ずっと内向的なインターネットを続けてきましたが、入ってくる情報に目新しさもなく、退屈な日々を過ごしていました。

最近になって、以前よりも意識的に新しい情報を取り入れるようになり、インターネットで目指すべき目標がぼんやり見えてきて、ようやくまたこの世界が楽しめるようになってきたと思います。

結局、インターネットを正しく扱えるかどうかは自分次第なんですよね。『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』で、綾波もこう言ってましたしね。

だから、見失った自分は自分の力で取り戻すのよ。
自分の言葉を失っても、他人の言葉に取り込まれても。
自らの心で自分自身をイメージできれば、誰もが人の形に戻れるわ。

見失ったインターネットは、自分の力で取り戻さなければならないのです。

やっぱり僕はインターネットが好きですし、表現することを諦めずに、なんとかやっていきたいと思います。

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